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勝ったけど・・・ ~J1第24節モンテディオ山形戦~

ベガルタ仙台 2-1 モンテディオ山形

ホームのみちのくダービーに完勝!!
普通なら手放しで喜ぶのだけど・・・。

試合後の出来事によって、非常に後味の悪い勝利となった・・・。

現在モンテディオ山形は降格圏内の17位にいる。
しかも、残留圏内の15位との勝ち点差は8もある。
J1残留は非常に厳しい状況となっていた。

そんな中で迎えたみちのくダービー第2ラウンド。

相手がどんな状況であれ、容赦なく叩き潰すのがダービーの流儀。
その通りに、我らがベガルタは、モンテディオ山形を叩き潰した。

そこまでは良かったんだよ・・・。



確かにダービーマッチっていうものは、お互いのプライドを賭けた闘いである。
だから、いつも以上に熱くなるし、相手への痛烈な煽りも名物である。
それは日本だけではなく、世界中どこへ行っても同じ。

でも、言って良いことと悪いことがある。

勝利の歌を歌い終え、余韻に浸っていた最中に事件は起こった。

俺はこの日、ベガサポ爆心地(中心部の最も熱いエリア)にいたため、
始めは何が起こっているのか分からなかった。

どうやらサポーター同士が揉み合いを始めたとのことだった。

その原因はモンテディオ山形を中傷する断幕だった。
後から聞いたところによると、試合後に下記の3枚の断幕が出された。


「あきらめたら終わり がんばろう山形」

まあ、これは同じ東北のチームとして残留して欲しいという願いが込められた
スポーツマンシップに溢れた断幕だと思う。


「りあるとーほく(笑)まだ名乗るの?」

モンテディオサポーターが掲げている「Real TOHOKU」という断幕へ
皮肉を込めた断幕だが、これくらいの煽りはよくある。


「さよなら大好きなDio」

これはさすがにマズイでしょ・・・。
降格すると決めつけている内容。煽りじゃなくて侮辱だよ。


そして、モンテディオサポーターに対して「さよなら山形」のコール。

それに対して多くのベガルタサポーターから大ブーイングが起こる。
同じチームを応援している仲間同士のブーイングは非常に切なかった。

このような断幕を運営上許す訳にはいかないということで、警備員が飛んできたのだが、
断幕を掲げた人間が警備員を羽交い絞めにして押し倒したりしたため、それを止めようと
するサポーターとの間で小競り合いが始まった。

飛び交う罵声と、それらを見ていたサポーターの「帰れ」コール。
勝ってハッピーなはずの試合後のスタジアムは騒然となった。

こんな事件が起これば賑やかになるのがネットの掲示板。
事件を起こしたサポーターグループに対して過激な内容が書き込まれていた。



以上が事の顛末だが、それに対する俺の見解も述べておきます。

やってはいけないことをやったという事実に対して、該当人物は説明する必要がある。
事の経緯と再発防止策をチーム及びサポーターに対して速やかに明示することが必要。

上に書いたとおり、掲示板では過激な書き込みが続いているが、まずは冷静になること。
騒ぎに便乗して必要以上に煽る人間は、断幕を出した人間と同レベルだから。

多くのサポーターからブーイングが出たことは良かった。
今までの事件はコアサポーターの暴走を見て見ぬふりをしていた為に、
起こってしまったものも多い。
だから、それに対して多くのサポーターからNGの意思表示ができたことは
今後の活動を考える上で役に立つはず。
※暴走するサポに関わるのは非常に危険なので、見て見ぬふりをすることを
責めるつもりは全くありません。

モンテディオ山形に関わる人達には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
なので、今年は絶対に残留して欲しいと思います。
そして、来年のみちのくダービーで直接謝罪させて欲しいです。
もちろん、早急に何らかの形で謝罪が必要だとは思っていますが・・・。



こうして、俺のサッカー観戦史上、最も後味の悪い勝利を経験することになった。

この日の酒は、あまり美味しくなかったな・・・。

それでも飲み過ぎて泥酔⇒二日酔いの黄金リレーを遂行したことは内緒です。(笑)
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  by snct1997 | 2011-08-28 20:33 | ベガサポな日々

1年8ヶ月の眠りから覚めて

皆さん、ご無沙汰しています。

前回の更新が2009年12月。

なんと、1年と8ヶ月ぶりの更新です!!(笑)
※エロコメントだらけになってましたね。すいません・・・。(汗)

その間、色々なことがありました。
仕事のこと、プライベートのこと、ベガルタのこと・・・。

でも、今回更新するにあたり、絶対に避けて通れない出来事があります。



あの、3月11日のこと。

まずは、その話をしたいと思います。



こうやって書くと、何かあったのか?と心配されそうですが、俺は無事です。
実家も、家族も、友人も無事です。

俺の実家は宮城県の海沿いに位置していますが、高台にあるため津波の影響も
全くありませんでした。

あの日、俺は東京の赤坂の客先にいました。
翌日のベガルタのホーム開幕戦に思いを馳せながら仕事をしていました。

そして、2時46分を迎えました。

宮城県を震源とした地震で、東京でもあれだけの揺れ。
嫌な予感がしました。津波が来るんじゃないかと。

そして、悪い予感は的中しました。

上にも書いた通り、実家は海沿いの高台にあります。

あそこまで津波が上がってくることは無いだろうという思いと、
もしかしたら・・・という思いが交錯しました。

実家の電話は全く繋がらず、携帯にかけても「只今混み合っています。」
というアナウンスばかりでした。

これはまずいかも知れないと思い、車で実家に向かうことを考えました。
でも、その前に赤坂から千葉まで帰らないといけない。

当然、都内の電車は全て運転見合わせ。タクシーを使おうにも道路は大渋滞。

じゃあ、歩く!!と歩き始めたのは20:00頃。

約4時間歩いて帰りました。

自分の部屋はあまり物が無いので、被害は皆無でした。
ガス台に置いていた空の鍋が落ちていたくらいです。(笑)

とりあえずその日は寝ました。



翌日、起きてすぐに父親の携帯に電話すると、留守番電話になりました。
折り返し連絡が欲しいと吹き込み、連絡が来るのを待ちました。

実家に帰るかどうかの判断はそれからでも遅くは無いと思いました。
そして、どう転んでも良いように、車のガソリンを満タンにしておきました。
まだガソリンスタンドは全然混んでいませんでした。

この時に満タンにしておいたことが、その先のガソリン不足の影響を全く
受けなかったことに繋がりました。
我ながら素晴らしい判断でした。(笑)

そして昼前に父親から連絡が来ました。
第一声が、「お前、大丈夫か?」でした。
「いや、それはこっちのセリフだよ・・・。」と即答しましたよ。(笑)

話を聞くと、ライフラインは全滅で、水も食料も燃料も不足しているけど、
実家は食べ物や灯油の蓄えもあるからしばらくは大丈夫とのことでした。
そして、今来ても何もできないから来るなと言われました。

俺も刻々と伝わってくる被害状況を見て、今行くべきではないのでは?
と考えていたので、我慢することにしました。

そして、常に冷静でいることを心掛けました。

弱気になっていたり、冷静さを欠いている仲間には厳しい言葉を投げたりもしました。

恵まれた環境にいる人間が、いつまでも凹んでいたらダメだと思うので。



その後、多くの混乱がありましたが、何とか無事に生きています。

ベガルタ仙台も最近少し調子を落としていますが、前半戦は快進撃を
見せて日本中を驚かせました。

そして、多くのチームのサポーターが、東北のために支援物資を
チームバスに乗せて届けに来てくれました。

サッカーの持つ力って凄いと思います。

俺はこれからもベガルタと共に東北のために闘いたいと思います。
サッカーの力で東北の人達を元気付けられるように。

甘くはないことはわかっているけど、今年は絶対に優勝したい。

あの日亡くなった仲間達が、天国でもベガルタのユニフォームを
誇らしげに着て歩けるように。

絶対に、負けられない。
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  by snct1997 | 2011-08-12 10:54 | その他

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