1年8ヶ月の眠りから覚めて

皆さん、ご無沙汰しています。

前回の更新が2009年12月。

なんと、1年と8ヶ月ぶりの更新です!!(笑)
※エロコメントだらけになってましたね。すいません・・・。(汗)

その間、色々なことがありました。
仕事のこと、プライベートのこと、ベガルタのこと・・・。

でも、今回更新するにあたり、絶対に避けて通れない出来事があります。



あの、3月11日のこと。

まずは、その話をしたいと思います。



こうやって書くと、何かあったのか?と心配されそうですが、俺は無事です。
実家も、家族も、友人も無事です。

俺の実家は宮城県の海沿いに位置していますが、高台にあるため津波の影響も
全くありませんでした。

あの日、俺は東京の赤坂の客先にいました。
翌日のベガルタのホーム開幕戦に思いを馳せながら仕事をしていました。

そして、2時46分を迎えました。

宮城県を震源とした地震で、東京でもあれだけの揺れ。
嫌な予感がしました。津波が来るんじゃないかと。

そして、悪い予感は的中しました。

上にも書いた通り、実家は海沿いの高台にあります。

あそこまで津波が上がってくることは無いだろうという思いと、
もしかしたら・・・という思いが交錯しました。

実家の電話は全く繋がらず、携帯にかけても「只今混み合っています。」
というアナウンスばかりでした。

これはまずいかも知れないと思い、車で実家に向かうことを考えました。
でも、その前に赤坂から千葉まで帰らないといけない。

当然、都内の電車は全て運転見合わせ。タクシーを使おうにも道路は大渋滞。

じゃあ、歩く!!と歩き始めたのは20:00頃。

約4時間歩いて帰りました。

自分の部屋はあまり物が無いので、被害は皆無でした。
ガス台に置いていた空の鍋が落ちていたくらいです。(笑)

とりあえずその日は寝ました。



翌日、起きてすぐに父親の携帯に電話すると、留守番電話になりました。
折り返し連絡が欲しいと吹き込み、連絡が来るのを待ちました。

実家に帰るかどうかの判断はそれからでも遅くは無いと思いました。
そして、どう転んでも良いように、車のガソリンを満タンにしておきました。
まだガソリンスタンドは全然混んでいませんでした。

この時に満タンにしておいたことが、その先のガソリン不足の影響を全く
受けなかったことに繋がりました。
我ながら素晴らしい判断でした。(笑)

そして昼前に父親から連絡が来ました。
第一声が、「お前、大丈夫か?」でした。
「いや、それはこっちのセリフだよ・・・。」と即答しましたよ。(笑)

話を聞くと、ライフラインは全滅で、水も食料も燃料も不足しているけど、
実家は食べ物や灯油の蓄えもあるからしばらくは大丈夫とのことでした。
そして、今来ても何もできないから来るなと言われました。

俺も刻々と伝わってくる被害状況を見て、今行くべきではないのでは?
と考えていたので、我慢することにしました。

そして、常に冷静でいることを心掛けました。

弱気になっていたり、冷静さを欠いている仲間には厳しい言葉を投げたりもしました。

恵まれた環境にいる人間が、いつまでも凹んでいたらダメだと思うので。



その後、多くの混乱がありましたが、何とか無事に生きています。

ベガルタ仙台も最近少し調子を落としていますが、前半戦は快進撃を
見せて日本中を驚かせました。

そして、多くのチームのサポーターが、東北のために支援物資を
チームバスに乗せて届けに来てくれました。

サッカーの持つ力って凄いと思います。

俺はこれからもベガルタと共に東北のために闘いたいと思います。
サッカーの力で東北の人達を元気付けられるように。

甘くはないことはわかっているけど、今年は絶対に優勝したい。

あの日亡くなった仲間達が、天国でもベガルタのユニフォームを
誇らしげに着て歩けるように。

絶対に、負けられない。
[PR]

  by snct1997 | 2011-08-12 10:54 | その他

<< 勝ったけど・・・ ~J1第24... ベガルタ仙台へ関わる全ての人達へ >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE